41D 特急南風11号 2000系3連 第二吉野川橋梁

土讃線

 

2014/9/21 41D 特急南風11号 2000系3連
EOS 7D EF17-40mm F4L IS USM

  もはや何が異常で何が正常なのか分からなくなりつつある令和の気候だが、9月に入ると暑さが少し和らいだように思われる。まるで熱帯のような酷暑が列島を襲うこのご時世においても「暑さ寒さも彼岸まで」という格言は健在らしい。
 カレンダーを少し巻き戻した2010年代、平成後期の夏はここまで酷くなかった記憶がある。流石に30度を越える気温は珍しくなかったものの、果たして35度を当たり前のように上回る状態であったのか…。あの頃は、夏場でも平気で駅間の撮影地まで歩いていったものだ。同じことを今やれば、途中で干からびている可能性大である。


 今ほど暑くはなかった平成の夏だが、鉄道の被写体は今よりもアツかった。2014年の夏は大学鉄研の合宿で四国へ渡ったが、天気は生憎の雨模様。それでも合宿の大半を占める自由時間を使ってあちこち撮り歩いたようだ。手元の記録によると、ジャンボフェリーで高松入りして琴平、松山、宇和島、高知と反時計回りに四国を練り歩いている。高知市街で見かけたはりまや橋の思いもよらぬロケーションにショックを受け(笑)、その後は土讃線と徳島線を経由して徳島へと抜けた。
 合宿の合間に高松周辺と宇和島周辺で沿線に繰り出しているが、名撮影地が点在する土讃線の大歩危・小歩危を無視するわけには行かない。吉野川沿いを俊敏に駆け抜ける2000系「南風」の走りに後ろ髪を引かれつつ、昼過ぎの大歩危駅に降り立った。
 吉野川の左岸を走る国道32号は、遊歩道的な使用を見込んでのことか、歩道も整備されておりなかなか快適だ。しかし、目指す第二吉野川橋梁のお立ち台は大歩危駅から約5km。撮影地までのアクセスはもちろん徒歩である。令和の今ならきっと途中で顔が苦悶に歪むことだろうが、平成の気候の緩さ故か、吉野川が長年かけて大地に穿った渓谷の美しさを堪能しているうちに苦もなく撮影地に到着してしまった。


 天気は相変わらず今ひとつだが、空の色など関係ないと言わんばかりに深い青を湛えた吉野川が構図にアクセントを与えてくれる。曇り空は対岸の峻険な山々でカットすればOK。問題は、当時の愛機がEOS 7Dだということ。光量が十分なら巷で言われるほどザラザラではないと思うのだが、少しでも薄暗くなると1800万画素のAPS-Cセンサーが吐き出す絵にDIGIC4は悲鳴を上げ始める。試しにISO200を堅持して一段絞ると、シャッター速度は1/640秒と出た。振り子を効かせて隘路をかっ飛ばす2000系を真横から狙うこの構図、果たしてこれで止まるのかいな…。ええいままよ!迷いを振り切りシャッターボタンを押下すると、当時としては高速を誇った秒8コマでタタタタタ…とシャッターが切れていく。恐る恐るカメラを覗き込むと、吉野川を渡る青一色に統一された美しい編成の姿がピタリと止まって背面液晶に映し出されていた。