2016/7/31 2842M 普通|近江舞子 113系C10編成
EOS 7D EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM
空中に複雑なラインを描きながら山科駅東方で東海道本線から分岐した湖西線は、直ちにトンネルへ突入する。このトンネルが貫く山は山城国と近江国の国境であり、少し南に下った辺りには百人一首でおなじみの「逢坂の関」が置かれていた。今も昔も京の出入り口であるこの山を越えると、滋賀県に入って最初の駅、大津京駅へと列車は滑り込む。
滋賀県に入ってからはその名の通り琵琶湖の西側を敦賀へと北上していく湖西線だが、琵琶湖の”南湖”に沿った区間―――湖西線で言うと堅田駅以南―――は人口密集地帯であり、変わり映えしない車窓が続く。一部列車が折り返す堅田駅を過ぎる頃から線路は段々と琵琶湖に近づいていき、蓬莱駅~志賀駅の中間辺りに差し掛かると窓の外には眩しく輝く水面が広がっているはずだ。
この周辺は「シガホ」と呼ばれ、琵琶湖をバックに湖西線の列車を捉えることのできる名撮影地として知られていた。湖西線の築堤を潜って田んぼの間を少し山側へ進んだ辺りで撮るのが定番だったが、この撮影地には空撮的アングルで一帯を狙える「最上段」が存在した。
まだ学生だった当時、たかが滋賀県くんだりまで写真を撮りに行くために車を出すという選択肢はない。志賀駅で列車を降り、駅前をブラブラしていると、少しの待ち時間で路線バスがやって来た。バスの行き先は「びわ湖バレイ」。そう、「シガホ最上段」の立ち位置は標高1000mを越える山上に設けられた複合スキーリゾート施設内なのだ。
往復2000円以上するロープウェーの料金を渋々払い、軽くなった財布を嘆いていると、あっという間に山の上である。下界よりも幾分と涼しいゲレンデを歩いていると、いい塩梅に視界が開けるポイントがあった。大きく広がる琵琶湖に沿ってどこまでも伸びる湖西線を手前に辿ると、ちょうど真正面が「シガホ」の築堤である。あの大きな築堤が豆粒のように思える想像以上の大パノラマにデンシャパワーは全開。興奮しながら行き交う列車にシャッターを切った。
あれから10年が経った。北陸新幹線は敦賀まで開業したが、新幹線リレー号としてサンダーバードは今なお健在。特急街道としての湖西線の姿は今しばらく見ることができそうだ。しかし、2010年代後半に湖西線内で比良おろし対策の防風柵設置事業が進められた結果、多くの撮影地が消滅したと聞く。「シガホ」も例外ではなく、幾多の撮影者に愛された琵琶湖を背景に列車が往く姿は過去のものとなってしまった。
かつての名撮影地を偲んで、かなり水蒸気で霞んだ当時のRAWデータを再現像してみたが、昨今のライカ判や4433のセンサーが吐き出す画に比べると色情報のなんと乏しいこと!ペタッとした琵琶湖の青はいただけないが、なんとかそれなりに見れそうな写真に仕上げてみた。
今回ご紹介するのは、線内ローカルとして運用に入っていた湘南色の113系C10編成のカット。末期まで原色を堅持した117系T1編成と双璧をなす近キトのスターだった。ああ、今の機材でもう一度このカットを撮れたなら…。ままならないEOS 7DのRAWデータを前に、そう思わずには居られないのであった。
