湘南ライナーという列車を初めて意識したのは、大学に入って暫くの頃だっただろうか。関東にはおはようライナーやおやすみライナーが沢山あるから、着席保証列車が走っているというだけではさして興味は惹かれない。だが湘南というハイソでありながらどこか猥雑な空気を纏う地名を冠した列車名、そして長編成の185系が朝の東海道本線を疾走するという嘗ての在来線特急列車を彷彿とさせる光景は大いに想像力を掻き立てられる。しかしながら当時の185系田町車は湘南ブロック塗装が主流であり、これが個人的には画竜点睛を欠いた。「だったら東京までわざわざ行くことはないなあ。朝早いんだし」と、湘南の朝を疾駆するカモメの水兵さんのことは記憶の底へと沈んでしまった。
時は流れ、気がつけば185系は復刻されたストライプ塗装が大半を占めており、あんなにいっぱい走っていた湘南ブロック塗装は最早存在しないも同然。EXPRESS塗装に至っては最後の1本が残るのみで、ワシントン条約のレッドデータブックに載っているのではないかと思うほどだ。
185系の定期運行終了が迫る中、同業者の熱も上がってくると踊り子だけではなく湘南ライナーの写真も連日見かけるようになる。何せ前々からちょっとは興味があった列車のことだ。「バスに乗り遅れるな」ではないが、世間が盛り上がっているのにこのまま指を咥えて見ていることもなかろうと新幹線&レンタカーで冬の湘南へ乗り込んだ。
湘南ライナーは通勤列車であるから、運転されるのは必然的に平日となる。もう既に社会人になっていたので有給を使わざるを得ないのだが、せっかく撮りに行くのだから万が一にも撃沈しないよう天気を良く確認して日取りを決めなくてはならない。で、吟味の末にはじき出したベストな撮影日はまさかの12月25日!前日の24日は天気が悪そうだが、この日は月曜日だから24日・25日と休みを取れば土日含めて四連休になる。そうとくれば勿論24日も休みだ。
クリスマスイブとクリスマスに年休を取ることで職場の色んな人から何の用事なのかと根ほり葉ほり聞かれたが、流石に小指を立てて返事すると嘘になってしまうので言葉を濁して誤魔化す羽目になった。まさかこんな年休の取り方をした人間がクリスマスイブに一人寂しく快活クラブで夜を明かしているとは誰も思うまい...。
明來25日、ちょうど空が白み始める頃に大磯ストレートに到着した。前日のうちに立ち位置を下見して場所取りをしていたのだが、近頃の鉄道マニアは常識と社交性も兼ね備えているのか現場に同業者の姿は見当たらない。こっちは昨日の夕方、クリスマスイブに楽しく一家団欒する声が線路向こうの新興住宅地から聞こえてくるなかロケハンしたのに!悪態をつきながら、背景の白い建物には目を瞑り構図のバランス重視の位置でセッティング。
朝の東海道本線だから、幸いにもピン電には困らない。215系や185系10連の湘南ライナーを撮りながら本命を待つ。狙うのは、湘南ライナー最長の185系15連で運転される14号。ピントはバッチリ、天気も心配なし、タイミングの厳しい被り電もやり過ごした。万事OK!
長い長い直線の向こうに、旅客線をこちらにやって来る列車が見えた。緑のストライプを無数に走らせた車体に低い位置で光る前照灯、そして青地に映える白いカモメのヘッドマーク...間違いなく湘南ライナー14号だ。狭い足場でバランスを取りながら、林立する架線柱が落とした影をカツく躱してシャッターを切る。まずまずV!