さて、その『逃げ若』作中で戰場を駆ける武士たちの中でも足利尊氏などの上級武士が着用している甲冑を大鎧という。その外見上の特徴の一つが、大袖と呼ばれる肩に取り付けられた大きな楯状の部品だ。騎乗して矢を射る当時の戦場環境において防御に重要な役割を果たしたが、上級武士に至るまで徒歩戦の機会が増えた南北朝時代の頃には動きやすいようにかなり小型化していった。
そして山陰本線東部の有名撮影地である鎧の袖俯瞰の鎧の袖とは、これら甲冑の袖の事を指している・・・と結ぶことが出来れば綺麗に話が収まるのだが、残念ながらそうはいかない。所在地である香美町のWebページによると、その名の由来は鎧の縅に形が似ているからだという。縅というのは甲冑の製造様式のことで、袖も縅で作られているのだが、袖だけが縅という訳ではない。その上どちらが先なのか知らないが現地の大字も鎧であり、ダブルミーニングのきらいさえある。
つまり、鎧の袖俯瞰とは「鎧という土地にある鎧の袖という名前の柱状節理(ただし名前の由来は鎧の”袖”という部品に限定されない)を背景に撮影する場所(立ち位置は鎧の袖ではない)」という実にややこしい撮影地なのだ。
そんな事情とは裏腹に鎧の袖俯瞰の立ち位置は実にシンプルで、視界が開けるところまで尾根を辿るだけである。前回訪れた5月から季節は進んで遂に夏本番。あまりの暑さに吹き出る汗を拭っていると、早朝から漂っていた低空の雲はいつの間にか消え去ってすっかり晴れゾーンに突入していた。唯一の不安材料が取り除かれて元気100倍、ディーゼルパワー全開で三脚を据え付けた。
しかしここからケチが付き始める。現在JR西日本が山陰のヨンマルで展開中のラッピングのうち、運用が公開されていない駅メモラッピングのキハが本命のスジで登場してしまった。あ~あ、勘弁して・・・。
仕方がないので次の列車で再履修だ。太陽が昇った分だけ光線は硬くなるが、海の色はより青さを増してこれはこれでいい感じである。蝉時雨を聞きながら待つこと1時間、エンジン音も軽やかにタラコのヨンマルが海岸線へ躍り出た。連写に頼れないGFXでのケツ撃ちは気が抜けないが、そこはこちらも慣れたもの。狙い一閃、寸分違わぬ位置でシャッターを押し込んだ。V!
ところで件の駅メモラッピングのキハであるが、結局夕方まで山陰本線を往復しており、ここぞと言うところで登場しては邪魔をするという卑劣な振る舞いで沿線を恐怖に陥れていた。こちらは逃げ上手の北条時行では無いし、どだい線路も運用車両も固定されているのだから逃げようがない。列車が来るたびに但馬の山中には運命に翻弄された鉄道マニアの悲鳴が響き渡ったのであった・・・。