16レ 普通|金谷 南海21001F 田野口駅

大井川鐵道

 

2021/6/19 16レ 普通|金谷 南海21001F
EOS-1DX EF24-105mm F4L IS II USM


 五木寛之の手による『雨の日には車をみがいて』という有名な短編集がある。その題名から分かる通り、晴れた休日には愛車でワインディングを飛ばし雨が降るとガレージで丹念にワックスを掛ける熱心な自動車マニアの話...ではなく、どうやら9台の車にまつわる主人公と女性の思い出を描いた恋愛作品集らしい。なんだか思っていたのと違うなぁという感想しかないのだが、文字通り”雨の日には車をみがいて”過ごす自動車マニア諸兄は沢山おられることだろう。
 しかし、我々電車オタクは雨の日に手持ち無沙汰だからと言って電車を磨くわけにはいかない。長雨が続く梅雨時にステンレス車両のコルゲートをコンパウンドで磨いてピカピカにできれば愉快なのだが、公の場でそんなことをすれば即不審者。模型趣味をお持ちのマニア諸氏や鉄道車両を私有する奇特なオタクでもない限り電車を磨くなどという行為は極めて反社会的であり、厳に慎むべきである。然るに、雨が降ろうが槍が降ろうが乗り鉄は電車に乗りに、撮り鉄は電車を撮りに駅へ向かうことになる。


 この日は、梅雨の課題として紫陽花を狙って大井川鐵道へやってきた。ベタではあるが、大井川本線には紫陽花の名所が何箇所かあり、長雨の暇つぶしにはもってこいである。午前中に地名でローカルとELかわね路号をやっつけた後は、駿河徳山のミニストップで昼食を調達。そこから1駅だけ南下した田野口を午後の戦場に定め、かわね路号の返しにあわせて押取り刀で駆けつけた。
 雨に降られながらズーム、かわね路号、Yと一通り撮り終えた頃には同業者は全員撤収して駅は静けさを取り戻していた。それを良いことに駅構内をブラブラと歩き回ってみる。昭和6年開業当時の木造駅舎が今なお現役の田野口駅だが、よくよく見ていればそのディティールも素晴らしい。例えば待合室の照明は粗末な傘を被っただけの電球だし、窓もサッシではなく昔ながらの木枠だ。そして、かつては駅員氏が出札と改札をしていただろう窓口が復元され、往時の姿を今に伝えている。う~ん、なかなかいい雰囲気!時計を見ると、そろそろズームカーがやってくる。もう一発撮っていくか!


 待合室の中に失礼して、片隅で三脚を広げる。標準ズームをグリグリと広角端に回してカメラを縦に倒せば、昭和の雰囲気を醸し出す照明・改札口・窓口がぴったり1枚に収まる。ライブビューで構図の隅を注意深く確認して、全体のバランスに配慮しつつ電球と改札の柵が切れないように立ち位置を微調整。神は細部に宿るという金言のとおり、こういうちょっとした注意の差が”パチ撮り”と”作品”を分けるものだ。
 程よく日が暮れて定常光のレベルが落ちてくると、オールドスクールな照明が待合室を頼りなさげに照らし出す。時刻通りに滑り込んできたズームカーが線路向こうの紫陽花の前を通り過ぎた瞬間、レリーズのボタンを押し込んだ。V!