EOS-1DX3 EF24-105F4L IS II USM
確か東日本大震災の頃からだったと思うが、震災復興のスローガンとして「がんばろう◯◯」という言葉が使われ始めた。やや安直な気もするが、その使い勝手の良さから被災地への連帯を示すフレーズとして瞬く間に広まったのは御存知の通りである。田端機関区のEF510 500番台が「がんばろう東北」のステッカーをその身に纏ってから14年、富山機関区へとねぐらを変えた同系列は令和最新版の「がんばろう◯◯」である能登半島地震復興HM・ステッカーを掲げている。干支が一回りしてもこのスローガンは今なお現役のようだ。
スローガンは現役でも、形あるものにはいつか終わりがやってくる。JR貨物が打ち出す「がんばろう能登」の各種施策も時限を迎えたのか、HMやステッカーを外す機関車が現れ始めた。そんな折、かつての寝台特急「北陸」を彷彿とさせるHMを装着した508号機が4070レで百済へと上ってきたではないか。この時期なら折り返しの新潟行き4071レを夕方の夏光線で狙えるはずである。手早く車に機材を詰め込み、東北東に進路をとった。
ヌルヌルと嫌な雲が広がる中、北陸本線の線路際に到着。普段なら出撃をためらう空模様だが、北陸風HMを掲げる508号機を捉える最後の機会かもしれないので背に腹は代えられない。インカーブの接近戦で中判デジはリスクが高いので、1DX3をゲバに据え付ける。となるとレンズは24-105IIしかない。描写力に疑問符がつくレンズ故に積極的には使いたくないのだが、これまた背に腹は代えられないのである。
時間が経つにつれて徐々に増えてきた同業者一同の願いが通じたのか、17時を回る頃には太陽周辺の空はすっかり晴れ上がっていた。夏の夕暮れ特有の爽やかな暑気と高まる現場のボルテージに心地よい緊張を味わう中、水面にそびえるボラ待ちやぐらも誇らしげに元田端のブルトレ機が時刻どおりにオンステージ。沿線からの報告で積載がややスカであると分かっていたが、この画角なら思いのほか気にならない。ファインダーの端ぎりぎりまでステップを引き付け、ここぞというところで人差し指に力を込めた。
