2025/9/21 7525レ 各停|極楽橋 2300系4連
GFX100II GF45-100mmF4 R LM OIS WR
鉄道会社による不動産開発の祖として知られる小林一三。郊外を走ることから集客力に限界のあった現在の阪急宝塚線・箕面線の経営振興策として分譲住宅地を造成し、梅田への通勤客を作出した経緯は神話の1ページと化して久しい。
そういうエピソード一つとってもどこか知的な空気が漂う大阪北部の対極的存在と言えるのが、和泉だの河内だのを走る南海電鉄。阪急は映画化もされた群像劇小説『阪急電車』の舞台になったけれど、南海が登場するのは『ナニワトモアレ』(笑)。大和川の北と南でよくもまあここまでえらく違ったものである。
そんな南海がハイソ路線の極北に位置する阪急らしさを見せたのが沿線の不動産開発だ。阪急と違ってこちらは戦後になってからの話だが、狭山ニュータウンの開発を皮切りに林間田園都市、美加の台など住宅街を次々と造成。これらに住まう人々が大阪へ向かう足を確保するべく、現在のマニアからは”準山岳”などと呼ばれる付け替え新線まで建設してしまった。航空写真を見るとよく分かるのだが、和泉山脈ギリギリまで山を切り開くその執念は末恐ろしいものがある。
そんな徹底した沿線開発のせいか、高野線沿線にはとにかく田んぼが少ない。高野線がそもそも高野街道沿いという人口密集地帯を通っていることもあるが、それでも田舎の方にはポツポツとあって然るべき田んぼが宅地化されているというもの要因だろう。
線路沿いにある貴重な田んぼの様子を見ながら南下していたこの日、気がつくといつの間にか橋本まで来てしまっていた。残念ながら平坦区間での収穫はイマイチだったので、山岳区間でコマ数を稼いでおきたい。行きつけの田んぼへ足を運ぶと、刈り入れは既に終わり稲架掛けが拵えてあった。これは僥倖!早速ゲバを据え付け、山へ向かって足取りを確かめるように加速する2300系をスローシャッターで捉えた。う~ん、なかなかV!
